福岡県・東峰村。この静かな山里で、今、村に暮らす人々が新たな挑戦に乗り出しています。
2025年春、新たに稼働するのは、ジビエの処理と加工を行う施設。イノシシやシカといった野生鳥獣を、安全に、丁寧に処理する場所です。
この施設の立ち上げと運営に関わるのが、「やまのぼせ」と名付けられた地域チーム。彼らの言葉を借りれば、これは「ビジネス」ではなく、「おすそわけ」から始まったプロジェクト。
村の中で当たり前のように美味しく食べられてきたジビエを、村外の人にも分けてあげたい。そんな小さくて、でもあたたかい思いが、この取り組みの出発点です。
―― 山のぼせ代表・泉さんのまなざし
この施設の構想は、実は20年以上も前から温められてきたものでした。
「農業を生業とする百姓にとって、野生動物による被害は本当に深刻なんです。だから、どうしてもこの施設が必要だった」
そう語る泉さんは、地元議会でも幾度となくその必要性を訴え続けてきました。実際の整備には、保健所の調整や制度面の壁など、想像を超える苦労が伴いました。
「諦めかけた時期もありました。それでも、資金の目処が立ち、ようやく一歩踏み出せたんです」
泉さんの執念と、地域の理解が積み重なって、この春、ついにその念願がかたちになります。
―― 山里の和会長・佐々木さんの歩み
「今までの“有害駆除”は、一部の猟師だけが担ってきた。でも、これからは村全体で命と向き合う時代にしたい」
そう語るのは、「やまのぼせ」の会長・佐々木さん。ジビエの現場に長年関わってきた彼が目指すのは、“全村民参加型”の新しいかたち。
「村ぐるみで取り組むことで、“駆除”から“共生”へと価値観が変わるんです」と、佐々木さん。
ただ「仕留めて終わり」ではない。食べるところまでを含めて、村の人々が関わり、ジビエが自然と生活の一部になるような文化の根づきが、この活動の本質です。
―― 解体技術者・上田さんのこだわり
「ジビエは臭い、硬い、クセがある……。そんなイメージを、ひっくり返したいんです」
そう話すのは、解体を担う上田さん。彼はジビエの解体技術を独自に研究し、“肉質の保持”を徹底的に追求しています。
とどめ刺しから解体までのスピード、内臓の早期摘出、カットの角度や手順――そのすべてに意味があります。
「牛や豚に負けないどころか、超えていけるポテンシャルがあると思っている。だからこそ、技術に妥協はできないんです」
市場でジビエが正当に評価されるように。そのために、日々試行錯誤を重ねています。
―― 解体技術者・上田さんの奥様の想い
「命をいただくところから見ているからこそ、最後まで無駄にしたくない」
そう語るのは、上田さんの奥様。解体されたジビエを、料理として食卓へと届ける“最後のバトン”を担っています。
「肉の状態を見れば、どんな料理が合うかがわかる。その子がどう仕留められたか、どんな体調だったか……全部見てきているから」
ジビエを日常的に調理し、食卓に乗せる。その姿は、「いただきます」の意味を誰よりも深く体現しているようでした。
将来的には「飲食店の運営」や「レシピの発信」なども構想中とのこと。ジビエを、もっと身近に、もっと美味しく楽しむ未来が、着実に描かれています。
山のぼせ兼山里の和の事務局長 高橋さん
高橋さんは、全体のコーディネーションや行政との連携など、いわばこのプロジェクトの“設計士”とも言える存在。
「これは地域に根差す“産業”であり、同時に“文化”でもある。だからこそ、ちゃんと持続できる仕組みが必要だと思っています」
自分たちの力だけで完結させるのではなく、観光、食、行政、農業――あらゆる人とつながりながら進めていく。
その根底にあるのは「山の恵みを、独り占めしない」という精神です。
「協同組合的な考え方で、“働いた人が報われる”仕組みを作っていきたい。お金だけじゃない、“得られる豊かさ”をみんなで分かち合うことが、地域の未来につながると思うんです」
イノシシやシカは、時に農業被害をもたらす存在。でも、それは“駆除すべき厄介者”ではなく、“山の恵み”として活かすことができる。
その考え方を形にしたのが、この「やまのぼせ」のプロジェクトです。
処理施設の稼働は、ゴールではなく、スタート。
美味しく、安全に、命をいただきながら、地域の暮らしを守っていく。
この取り組みが、「ジビエ=臭い・硬い・クセがある」といったイメージを変える大きな一歩となることを、心から願っています。
そして何より、東峰村の“山のぼせ”たちが、本気で向き合い、届けようとしているこの“おすそわけ”が、たくさんの人の心に届きますように。