国重要文化財 岩屋神社本殿いわやじんじゃほんでん

宝珠山の由来となった神社

 くぼみに造られた本殿

岩屋神社本殿は、元禄11年(1698)に福岡藩四代藩主黒田綱政によって建立されました。建物は外殿とその中の内殿からなり、外殿は南面して桁行五間と梁間五間で茅杉皮重ね葺きの入母屋造りです。正面には参拝者用の桁行三間の向拝(ごはい)があります。外殿中央部にはご神体の「宝珠石」を安置し、その後方に三間社見世棚造の内殿があります。
外殿は権現岩と呼ばれる切り立った大岩のくぼみを利用して造られ、背面と左側面に屋根と壁が造られていません。彦山修験道に関係する17世紀にさかのぼる数少ない貴重な建造物として昭和63年に国重要文化財に指定されています。

 何でも願いが叶う不思議な石

宝珠山という地名の由来となっているご神体の宝珠石は、記録によると、欽明天皇8年(547)のある日、突然、光輝くものが天から岩屋の岩上に降ってきたので、それを宝珠石と名付け岩屋神社のご神体として祀り神殿を造ったとある。大化4年(648)閏9月19日には、村人に「星の玉・を茅薦(かやこも)で包んでまつれ」との神のお告げがあり、それ以来、閏年の旧暦9月19日(現在は10月19日)には、本殿内の宝珠石の薦を数枚残して取り替える「薦替えの儀」が行われています。
宝珠とは、仏の象徴を示す仏教用語で、何でも願いが叶う不思議な宝石という意味。見ると目がつぶれるとされ、宝珠石そのものを見た者はいないとか。

針の耳と梵字岩

●針の耳と梵字岩

この岩の割れ目は、針の耳と呼ばれています。親不孝な人が通ると、上から石が落ちてくるとの言い伝えあります。また、割れ目の左の梵字岩には、修験道の開祖の役行者小角(えんのぎょうじゃおづぬ)が彫ったという梵字がかすかに残っています。

●境内社 熊野神社本殿(国重要文化財)

岩屋神社本殿よりさらに山の上にあり、大きな窟の中に建っています。 貞享3年(1686)に村民が建立した板葺き三間社流見世棚造りの社殿は、天狗が蹴って穴を空けたという熊野岩の険しい岩場に立てかけた懸(かけ)造りです。

熊野神社

岩屋の奇岩1

岩屋の奇岩2

●宝珠岩屋(県天然記念物)

岩屋神社一帯は、英彦山・釈迦岳・大日岳一帯の火山活動と風化浸食によってできた安山岩質集塊岩の林立した奇岩群と窟群が形成する山地で、植物相も周辺地域にない特殊なものがあります。そのため、耶馬日田英彦山国定公園に指定されています。また、権現岩・熊野岩・重ね岩・貝吹岩・烏帽子岩・見晴岩・馬の首根岩が福岡県天然記念物にも指定されています。

大イチョウ

●大公孫樹(県天然記念物)

岩屋神社のご神木の一つで、樹齢600年とも700年ともいわれる高さ約36m・幹周り約6mのイチョウの巨木です。昔、役行者小角が岩屋で修行して帰る時、刺した杖が芽生えてこの大公孫樹となったとの伝説があります。

玄海ツツジ

●げんかいつつじ
(県天然記念物)

シャクナゲ科に属し、樹高1~2m程度の小灌木です。彼岸(ひがん)ツツジとも呼ばれ、不思議なことに、必ず、春の彼岸の中日には、薄桃色の花が咲くと言われています。朝鮮半島の金剛山、対馬とこの岩屋一帯にだけ生育する珍しいものです。

大ツバキ

●オオツバキ
(県天然記念物)

熊谷という種の大ツバキで、高さ約18m、幹周り約1.8mのです。真紅橙色の花弁と濃黄橙色の花芯をもつ大輪の花が、毎年3月初旬から4月下旬にかけて咲き誇ります。落ちた花は、必ず花芯を上にして落ちて地上で再び咲いたようになるといわれる不思議な大ツバキです。

首無し地蔵1

●首無し地蔵【千体地蔵・五百羅漢】

明治維新後の神仏分離令により、仏教色を一掃する廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)運動は、この岩屋でも吹き荒れ、仏像群などが、破壊され谷底に投げ捨てられたりしました。その後、仏像・石塔などが、村人によって、川からわずかに拾い出され安置されました。しかし、拾い出された石像のほとんどには、首がありませんでした。

岩屋の首無し地蔵2

岩屋の馬の首根岩と洞門

●馬の首根(こうね)岩と洞門

この岩は、大きな一枚岩で馬の首根岩(うまのこうねいわ)と呼ばれています。洞門は江戸時代末に山伏によって彫られたもので、よく見るとタガネの跡が残っています。岩屋神社本殿下から、この岩の上を歩くことがでます。先端部からは、見晴らしが良く、竹地区の棚田などが見えます。

所在地福岡県朝倉郡東峰村大字宝珠山字竹

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アクセス日田彦山線「筑前岩屋駅」より車で約5分(県道52号線沿い)
日田彦山線「筑前岩屋駅」より徒歩約17分
駐車場10台
お問合せ先農林観光課商工観光係
0946-72-2313